体育大学の「学び」ってどんなのがあるの? ー研究室訪問ー

このページでは本学の先生方の専門分野をわかりやすく紹介しています。

20211127 ozawa

律儀でまじめな雰囲気が漂う。小澤先生と話していたら、武道の精神として大事にされている「礼に始まり、礼に終わる」の言葉が浮かんだ。柔道の魅力、面白さは「勝負」にあると言い切る。目の前の対戦者と1対1で向き合い、勝つことに自己のすべてを賭け、寡黙にコツコツと努力を続けてきた自身の経験から生まれた“2文字”なのだと思う。4度のチャンピオンの経験があるもオリンピックには届かず、「敗北感しかない」と振り返った。まさに驕(おご)らず、昂(たかぶ)らず。小澤先生を部長兼顧問に、3人の指導者がそろう柔道部のこれからにも目が離せない。

—小澤先生の研究内容を高校生向けにひとことで教えてください。

小澤 「柔道」です。たとえば指導法やトレーニングに関する研究など、柔道に関連するすべてを多方面から見たり考えたりすることが、柔道方法学や柔道コーチングにつながるという思いで研究を続けています。

—小澤先生は柔道八段でいらっしゃいますが、柔道を始めたきっかけは?

小澤 父親が昭和30年代に鯉ノ勢(こいのせ)という四股名(しこな)で朝日山部屋に所属している大相撲力士でした。廃業してからは故郷の愛媛県に戻り、家業のタオル工場を継ぎましたが、男の子には相撲か柔道を習わせたいという父の意向があったと思います。本格的に始めたのは小学校4年生の終わりぐらいからですが、見事にハマってしまったという感じです。

—鹿屋体育大学の学生に望むことは?

小澤 体育大の学生は、自分の進路についてやりたいことをある程度は決めて入ってくる人が多い。夢実現に向けて信念を持って突き進んでほしいです。もっとも卒業生の就職先は多岐にわたっていますので、入ってきてから軌道修正があってもいい。大学で学んだことはその後の人生に生きてくるので、何事もまずは自分の頭でしっかり考えて判断し、行動してほしいです。

—ハンガリー、フランス、フィンランド、西ドイツの4つの国際柔道大会で優勝という輝かしい経歴をお持ちですが、柔道を辞めたいと思ったことは?

小澤 競技をやっていたときは1度もなかったです。指導者になってからは向いていないんじゃないかと思ったことは幾度かありましたが、落ち込んでいるときに不思議と卒業生が連絡をくれるなどプラスの働きかけがあり、ここまできました。

—小澤先生にとって本学はどのように映っていますか。

小澤 一人ひとりの顔が見える大学だと思います。また、体育?研究施設ともにこれだけの施設がそろっている大学はほかにはないと思うので、自分の意思があれば力を発揮しやすい環境が整っていると思います。

—2021年度九州学生柔道体重別選手権大会では男子が60kg級から100kg超級まですべての階級で1位を獲得するなど、柔道部の活躍が著しいです。

小澤 この2年間、コロナでほぼすべての大会が中止になって力を試すことができませんでした。これまで練習してきたことを今後の試合で発揮してくれればと思っています。

(取材?文/西 みやび)

20211006 ozaki

「夢は柔道着を持って世界一周」。着任の挨拶に記されたインパクトのある言葉が、強烈な印象として記憶に残っている。“柔道”という共通の武道があれば、たとえ言葉は通じなくても、自由に技を掛け合う乱取りをするだけで仲良くなれた小崎先生の経験から生まれた言葉だ。話をしているとくったくのない笑顔に吸い込まれそうになり、国境を越えて人を惹きつける魅力を感じる。「チャンスはつかむためにある」と信じて、前へ前へと進んできた。着任して半年。早くも鹿屋の地になじみ、研究と柔道、趣味に精を出す日々を送る。

―小崎先生の研究内容を高校生向けにひとことで教えてください。

小崎 障がい者柔道が主な研究テーマですが、その中でも自閉症など発達障がいのある子どもが自立した生活をするための支援、療育?療法について研究しています。

―小崎先生は柔道5段で柔道部のコーチでもいらっしゃいます。東京オリンピックでは五輪柔道史上最多の金メダル9個を獲得するなど快挙を見せた一方で、柔道の人気がなくなってきているとも聞きます。

小崎 理由のひとつとして柔道は楽しめるレベルに到達するまでの道のりが長い、ということが挙げられると思います。たとえばサッカー部だと、部活が休みの日も「サッカーしようぜ!」っていう感覚の子が多い印象があるんですよ。でも柔道部は気軽に練習できる場所が少ないことが理由かもしれませんが、部活が休みの日に「柔道をしようぜ!」ってなかなかならないんじゃないかと思います。柔道は他のスポーツに比べると娯楽性が乏しいのかもしれません。しかし、その一方で柔道はマスターズ大会が盛んで、高齢者の方も参加して活躍されています。柔道人口が減少傾向にあるならば、始めた人をずっと続けさせて価値を見せていくことが重要だと私自身は感じています。

―小崎先生はこの4月に本学に着任されたばかりですが、鹿屋の印象は?

小崎 バーベキューとキャンプ、下手ですがサーフィンも好きなので、自然が豊かで「鹿屋最高!」と思っています。もっとも都会に住んでいたからこそ感じるのかもしれません。鹿屋は地元の焼酎もとても美味しくて、今後の開拓が楽しみです。

―学生に望むことは?

小崎 本学の場合、全国で唯一の国立の体育系大学ということもあり、目的なく入ってくる学生はいないと思うんですね。入学した時に抱いた向上心とエリート意識を大事に、ときめきとわくわくをなくさないで4年間を過ごしてほしいです。

―小崎先生はNPO法人judo3.0も運営されていらっしゃいます。これまでどんな活動を?

小崎 柔道を通した国際交流や指導者交流などを行ってきました。

―柔道着を持って世界中を周るのが夢だそうですが。

小崎 現実的には休みをそんなに取ることは不可能なので、私がこの大学に入ったひとつの役割として、海外の方々を鹿屋に招いてさまざまなイベントを開催し、大学と地域連携の一環としてここ鹿屋の地で武道ツーリズムを確立させられたらと思っています。

(取材?文/西 みやび)

20210913 Elmes

インタビュー取材のお願いメールを送ったら、とても丁寧な日本語で返信が届いた。「言葉遣いに失礼がないかとても気を使う」という言葉を聞きながら、なんてスマートで素敵なジェントルマンなんだろうと感激した。カナダの大学にはキャンパス内に映画館やBarがあったと目をキラキラさせながら話すエルメス先生の話は、文化や環境、考え方の違いなどすべてが面白く、歯に衣着せぬ発言は聞いているだけでスカッとさわやかになった。「4年間をとにかく楽しんで!」と学生にメッセージを送る。示唆に富んだ話は、私自身が“刺激のシャワー”を浴びるかけがえのない時間となった。

—エルメス先生の研究内容を高校生に向けてひとことで教えてください。

エルメス スポーツと語学教育に関することを研究しています。海外のスポーツキャンプ訓練中にコーチや選手たちにインタビューを行い、録音や録画をした観測記録を分析し、スポーツ指導方法の英語教材を作成するといったことも研究の一環として行っています。

—2010年から本学に勤務されていますが、日本にいらしたきっかけは?

エルメス 日本に来る前はカナダで中学?高校の教員をしていました。アルバータ州にあるカルガリーの学校に勤務していた時、いろんな国から来ている生徒さんが集まっていて、それまで「アジアはひとつ」という認識でいたのですが、日本人、中国人、韓国人のそれぞれに行動や考え方に違いがあることに気が付きました。一度ひとつの国についてじっくり研究してみたいと思うようになり、日本での英語教師の求人広告がカナダの新聞に出ていたので履歴書を送り、福島県の会津若松、静岡県の浜松を経て鹿児島に来ました。

—日本の学生を見ていて感じることは?

エルメス 私自身スポーツが好きで、若い頃からアイスホッケーと野球をしていました。カナダでは成績が悪いと小学校でも進級できないので、勉強もずっとしてきました。体育大の学生はスポーツが上達するためには練習が必要だということはとてもよく理解しているのに、スポーツと勉強は全く違うものだと考えています。英語が苦手な人も、勉強すればできるようになります。指示待ち人間が多いのも気になります。自分でも考える習慣を身に付けることも、大事だと思います。

—グローバル化に対応できる人材が求められています。

エルメス 日本では1度就職してしまうとなかなか自分の時間をつくることは難しいので、大学の4年間は自分に投資できる最後のチャンスだと思います。国際交流センターではセンター長の国重先生と一緒にアメリカ、ハワイ、オーストラリアなど学生にとって1番ベストな留学プログラムを考えています。ぜひ活用して、語学だけでなくそこでしかできない貴重な体験をして見聞を広げてほしいです。

(取材?文/西 みやび)

 

20210719 eiraku

海とヨットが大好きだった少年は、国体のセーリング競技や全日本学生ヨット選手権大会等で何度もチャンピオンに輝き、きっかけをつくってくれた大学の教員になった。競技の世界で生きてきたが、海もヨットも「嫌いになったことはない」と言い切る。小麦色に焼けた肌がまぶしくて、榮樂先生は波と青い空が似合うまさに“海の男”。話しているだけで周りを幸せな気持ちに包み込むやさしさがあるのは、少年時代の純粋な眼差しが今も残っているからだろう。

ー榮樂先生はヨット部の顧問教員で監督をされていますが、ヨットとの出合いは?

榮樂 出身が鹿児島県の旧内之浦なので、小学5年生の時に本学の公開講座に参加したことです。そのときヨットを教えてくれた鹿屋体育大学の学生が佐賀県の出身で、「うちの実家の下宿でよければ両親を説得するよ」と言ってくれて、そのひと言で中学3年生の夏休みに学生の実家に引っ越して佐賀県立唐津西高校を受験、進学しました。西高、工業、東高の3つの高校が佐賀県ヨットハーバーで一緒に活動するクラブがあり、そこの指導者は日本で初めてオリンピックでメダルを取った人たちでしたので、高校から始めても3年経つと全国大会で優勝するレベルにしてもらえるとても恵まれた環境で過ごすことができました。

ー榮樂先生の研究内容を高校生に向けてひとことで教えてください。

榮樂 セーリングの競技力向上について研究しており、海洋スポーツの普及にも力を入れています。海が好きという人を増やしていきたいです。

ー学生に望むことは?

榮樂 常に指導者的な感覚を持って学んでいってほしいです。そうすることで先生が言っている意図が理解できるようになり、会話が深くなると思います。

ー榮樂先生は本学大学院の修了生ですが、体育大の魅力は何でしょう。

榮樂 自分たちで考えて新しいことをやろうと思えば、フットワーク軽く何でもできることです。ただ、学生がそのことに気づいていないこともあるので、もどかしいしもったいないと思います。

ー公開講座で、子どもたちに優しく指導する榮樂先生の姿が印象的でした。

榮樂 学生には「鬼」って言われているんですよ。「熱がくると熱返す」みたいな感じのタイプですね。自分の中にスイッチがあって、ヨットが専門ですが、マリンスポーツをするときはいかに楽しく遊ぶかを考えます。海の魅力は競技を離れると、違う遊びができること。競技だけだと縛られてしまうので、学生にももっとこのことに気づいてほしいですね。

(取材?文/西 みやび)

20210708 urita 

ちょっぴりニヒルで一見近寄りがたい雰囲気があるが、実は話題が豊富でアイデアが湯水のように溢れ出る。鹿屋体育大学に着任して30年以上の歳月が流れ、瓜田先生が心に秘めた体育大への愛情は半端ない。筑波大学の学生時代に、砲丸投げの日本記録を樹立した。鍛え抜いた身体は、まさに動く筋肉マン。「ポテンシャルはあるので、底力を発揮できるかどうかこれからが勝負」と、開学40周年後の体育大に期待を寄せる。

ー瓜田先生の研究内容を高校生向けにひとことで教えてください。

瓜田 体力トレーニングの方法を教えています。特に「筋力トレーニングの仕方について」がメインで、陸上の指導方法論もやっています。

―学生に対してはどんな指導を?

瓜田 こういうのあるから考えといてね、と資料も渡すしミーティングもするよ、話も聞くよ、アドバイスもするよ、でもいつか必ず聞くよ、と言ってじんわりじんわり考えさせます。前振りしておいて、で、どうだった? と尋ねる。“前振り男”と呼ばれています(笑)。前倒しで準備にじっくり時間をかけてぎりぎりまで考え、よーいどん!のときにスタートが遅れないように、というのが基本的な考え方です。学生には自分で問題を見つけて課題を解決し、自分で判断しながら進んでいける自立した力を身に付けてほしいです。

―砲丸投げの日本記録を樹立された時の話を聞かせてください。

瓜田 最初の日本記録は大学4年生の時で、17m16でした。その2日ぐらい前に優勝してガッツポーズする夢を見たんですよ。試合の当日は周りに人がたくさんいるのに人が見えず、光の筋がスーッと見えてそこに向かって投げるという不思議な体験をしました。(日本記録を)投げたいという“思い”がずっとあったからだと思います。思いは自分自身を動かすものなので、やるべきことをやっていれば結果は普通はついてくる。ついてこなければ「何か」が不足しているので、その何かを探さないといけない。自己最高記録はユニバーシアード神戸大会の17m52(1985年、日本記録)です。

―ご自身の経験から、学生に言いたいことは?

瓜田 失敗したり、くよくよすることもあるけれど、分別をわきまえた上でまずはやってみなはれ、ですね。

―最後に瓜田先生の趣味を教えてください。

瓜田 身体を動かすことと、歩きながら考えることです。身体を動かしていると、不思議と頭も冴えてくる。新しい発想が生まれるとうれしくて。ちょっと変わった趣味です(笑)。

(取材?文/西 みやび)

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